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 結成総会は6月23日に行われました。アコーデオンと歌の文化行事で開会、記念講演「これからの子育てを考える」佐藤 隆氏(都留文科大学教授)が行われました。
続いて総会に移り、会則、役員、予算、これからの活動についての提案があり、可決されました。
 その後、団体からの発言にうつり、「不登校の子に学ぶ親の会」「新日本婦人の会」「民主教育をすすめる与野・市民会議」「30人学級を実現する市民の会」「こぐま保育園」の5団体から、子どもの様子、要求や活動内容などのさまざまな発言となりました。民主教育をすすめる与野・市民会議の発言を紹介します。

私たちの会の経験を報告し、討論に参加したいと思います。
私たちの会は、1975年に発足しました。その背景には、1972年の民主教育をすすめる埼玉県民会議の発足、その年の革新畑県政の誕生、地域では高校増設運動の高揚がありました。「与野市父母と教師による高校増設と学区制改革を進める会」が与野市に1万筆を超える署名で「高校誘致申請」請願を出し、それが採択され、のちの浦和北高校の実現につながりました。更に埼教組の74春闘統一ストライキへの弾圧という当時の状況がありました。
 設立の大きな柱は、「地域の市民の持つ教育要求とあわせた運動の広がりこそ大切」という位置づけでした。
 1985年12月市議会で与野西中教育に対する攻撃が始まりました。
*校長が週4時間の授業をもっている。
*修学旅行で広島に行っていくなど、平和教育に力を入れている。
*卒業式・入学式に「日の丸」掲揚、「君が代」斉唱などをしていない。
この攻撃に対する様々な取り組みが「市民会議」の活動を活性化させました。
結成後38年間こつこつと活動を続け、よくまぁここまできたなぁというのが実感です。
 活動の主なものを拾ってみますと
① 中学校区別教育懇談会、子どもを招いてのシンポジウム
② 教育政策、子どもの見方、進路問題などの学習会、文化講演会
③ 「日の丸」「君が代」問題など市長・教育長への質問状・懇談
④ 映画会
⑤ 埼玉100万署名 など、数え切れないほどの取り組みをしてきました。

その時々の課題を的確に捉え、目に見える運動、呼びかけにしていくことを基本にしてきました。

 1990年代から途切れることなく継続している活動は、学校を訪問し、教育の課題で懇談することです。
1989年3月に改訂告示された「学習指導要領」が憲法・教育基本法の示す民主教育の理念と原則を根本から否定する「戦後教育の総決算」を教育の内容と制度の両面にわたって公然と具体化しました。そして卒業式、入学式をめぐっての「日の丸・君が代」の強制は学校現場で厳しいたたかいを余儀なくされたことです。

 与野市の時代は、事前に教育長と懇談し、その内容をもって校長に会い、主に「日の丸・君が代」問題で懇談することでした。「入学式・卒業式の日の丸・君が代を強制するな、内心の自由を守れ」でした。教頭・教職員宛の文書をたずさえ、組合の先生方へは激励をしてきました。

与野市教組の定期大会では次のように総括してくれました。
「民主教育をすすめる与野市民会議との共同闘争は、創意あるたたかいの方式や経験を生み出し、現場の教職員の大きな励みになりました。」

合併後は残念ながら教育長への懇談は出来ていません。組合の先生も激減しました。最近は、申し入れの内容も様々な課題で懇談しています。

 今年の例では、
① 教職員の多忙化の問題、教職員定数の問題、少人数学級への考え。
② いじめ、不登校、問題行動、安全な学校づくりのための学校の対応。
③ 土ちゃれ、放課後チャレンジ、205日問題
④ 原発事故にかかわる放射能汚染に対する対策。
⑤ 卒業式・入学式の「君が代・日の丸」問題の内心の自由の保障、強制を行わないこと。

 継続してきたことで、校長との懇談が成立し、本音で語ることも増えてきました。いくつか紹介します。

① 各学校の学級人数を元にした話し合いでは、「教職員定数の増員について活動してく れていることは大変助かる、中央区の校長会でも話題にしている」
② 40人は多いに決まっている。学校で40人もいてどうしつけろというのか。
③ 土チャレは、市長のマニフェスト。中学校では部活があるので難しい。小学校とスタ ッフの取り合いになる。
④ 多忙化の原因は、調査・報告・研修、市内で自殺などがあると必ず調査・報告・研修。同 じ調査がいくつもの部署から来る。
⑤ 内心の自由についてはごもっともだと思う。
⑥ 職員・保護者からも反対はないので、強制もない。「内心の自由」はあると思うので、 職員の声があれば話し合いを持つ。
 
 もう一つ、1999年から続けている、芸術劇場小ホールでの、地域の子どもたちへの文化活動です。「良質の文化を安い入場料で」を基本に、与野市の先生方の主任手当拠出金の援助をいただいてすすめてきました。子どもたちの歓声がホールに響き渡ります。
 合併後は、残念ながら、援助がなくなりました。さいたま市教育委員会の後援も取り付け活動を続けています。さいたま子ども劇場との共催のかたちをここ2年ほど取っています。が、今後どう継続するかは資金の面から重大な問題です。

また、「与野親と子の良い映画を見る会」の活動を援助することも私たちの活動になりました。
1968年以降、73回の上映を続けてきた親子映画、かつて各学校に組合員先生を中心に実行委員会ができチラシ配布を全学級でおこなっていた時代は終わりました。毎回学校を訪問し、校長先生にお会いし、配布方をお願いするそんな活動を引き継いでいます。
この火を消すことは容易ですが、再び火を付けることは困難です。
 全市的な運動との関わり合いは、「30人学級を実現する市民の会」での請願活動です。

取り組んできた「市民会議」の活動の一旦を紹介しましたが、月1回の世話人会、望年会もやっています。会報「青い空」を発行しています。最近ブログを始めました。 今まで通り与野・中央区という地域で、子どもをめぐる様々な課題に取り組むことが、このセンターの会員としての役割を担うことになると思っています。
 さいたま市という行政区で、子どもをめぐる様々な課題を大きくとらえる横断的な会の組織は画期的です。
対市・対教育長との懇談、交渉など、今まで私たちだけではできなかったことに威力を発揮するとは思いますが、基本は、地域での学習や交流が大切ではないでしょうか。センターの活動が地域の様々な活動を包むネットワークになってくれることを願って発言を終わります。

 これが発言した内容です。
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橋下徹大阪市長のすすめる教育改革の正体 YouTubeより
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さいたま市長・さいたま市教育長への要望書
与野親と子のよい映画をみる会は50周年を迎えました



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民主教育をすすめる与野・市民会議

Author:民主教育をすすめる与野・市民会議
この会は、子どもの人権を大切にしその可能性をのばすために、 父母・教職員・市民の共同の力で子どもたちの未来をきりひらく
教育・文化を発展させることをめざします。

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