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与野親子映画50周年と記念誌発行にあたって
与野親と子のよい映画をみる会代表  佐藤 龍雄
与野親と子のよい映画をみる会はお陰様で今年、50周年を迎えることが出来ました。
これも関係する皆様に支えられての今日であることを痛感し、心から感謝を申し上げます。記念誌の発行に当たり、この会の誕生と発展に関わったお二人に触れさせていただきます。東沢一郎さんと芝原三郎さんです。

1966年8月に大宮商工会館で「せむしの仔馬」が上映されたのが「埼玉県・親子映画」の始まりでした。同年春日部で上映された「黒姫物語」を息子と観た東沢一郎さんに共同映画の山崎さん、家所さんの働きかけがありました。
与野市教組の教文部長であった東沢一郎さんは1967年、与野市教組に「親子映画」の会の方針・運営・組織などの基本案を提起、行政側からの深見学校教育課長にもそれを示し、両者の協議によって、市教委と市教組の両組織が後援することに合意しました。さらに、上映会場の与野市体育館使用にあたって減免措置も実現しました。
1968年「黒姫物語」の上映を決め、教育委員、学校長を含めた試写会の後、「後援」決定、与野の「親子映画」の始まりになりました。東沢さんは当時与野市子どもを守る連絡会事務局長でもあり、親子映画の全県の運動の発展をめざして結成された埼玉親子映画推進連絡会(1970.2.21)の呼びかけ人でもありました。
親子映画の会場は、与野にホールなどの大きな「入れ物」がないために市の体育館を使用、シートを敷き、1000脚もの椅子を並べるのが毎回の仕事になりました。1970年に組織された市教組青年部がそれを担いました。また、1971年からは「与野親と子のよい映画をみる会実行委員会」形式で運営するようになりました。

「よい映画をみる会実行委員会」は各職場から実行委員を1名だし、事務局員2名(1名は会計担当)をおきました。事務局を担当したのが芝原三郎さんでした。
芝原さんは、上映作品候補の選定、試写会の会場・日程の決定、教育委員会への後援申請、実行委員会の運営などをどんどんこなしました。また親子映画通信の発行、地域上映会の映写機の操作をすることや体育館建物の入り口に3階からつるす縦幕、舞台の上の横断幕をご自身で制作するなど精力的な活動をすすめました。
退職後も福祉作業所の所長をする傍ら、続けて事務局を引き受けて下さいましたが、病魔に襲われ、入院。お見舞いに行くと病床で「親子映画はどうなるのかな」を繰り返され、心配していました。「心配しないで下さい。ちゃんとやりますから…」と答え、「この火は絶やしてなるまいぞ」と決意したことを今改めて思い出しています。

東沢さんが立ち上げ、それを引き継いだ芝原さんや市民の方々、その火を消してはならないと与野の先生方、その先生方がいなくなった後を引きついでいただいている民主教育をすすめる与野・市民会議のみなさん。大勢の方々でがんばって50年が経ちました。この節目にあたり記念誌を発行し、活動を記録します。

 

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子どもの心に愛と希望・知恵と勇気を!
「ブタがいた教室」上映会2018年7月22日(日)
彩の国さいたま芸術劇場映像ホール
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民主教育をすすめる与野・市民会議

Author:民主教育をすすめる与野・市民会議
この会は、子どもの人権を大切にしその可能性をのばすために、 父母・教職員・市民の共同の力で子どもたちの未来をきりひらく
教育・文化を発展させることをめざします。

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