FC2ブログ
                    2020年6月14日
さいたま市長    清水勇人 様
さいたま市教育長 細田眞由美 様

「さいたま市から医療従事者に対する謝意の表明」に関する要望書


民主教育をすすめる与野・市民会議  代表 佐藤龍雄

 日頃より、さいたま市の子どもたちのためにご尽力いただき、深く敬意を表します。
さて、この度6月15日(月)に、さいたま市立学校10万人の子どもたちが、新型コロナ感染防止のため日々奮闘されている医療従事者に対して10時から一斉に拍手をするという計画を知り、大変驚いています。
 幾つかの疑問点を述べ、子どもたちに寄り添う教育施策を行うよう要望します。
 6月15日は、子どもたちや学校にとって大変重要な1日であります。分散登校から初めて通常登校が始まる初日は、新しい担任の先生とも親しく話し、新たな友人たちとも出会い、ともに学校生活を営むスタートとなる日です。久しぶりにクラス全員が集まり、給食も始まる。過密な教室の中で「新しい生活様式」の学校生活をどのように過ごしていくのかの不安を取り除くこと、その上で友だちと一緒に学べることの喜びを実感させることこそ第一に行うべきではないでしょうか。このような大切な日になぜ医療従事者に対する感謝の表明が必要なのでしょうか。もちろん医療従事者に対する感謝の気持ちは、老若男女を問わずどんな人々にとっても忘れてはならないことだとは思いますが、それが記念すべき初日である必要は全くないと考えます。
この企画が15日の前、土・日を挟んで直前に学校に伝えられたことも大問題です。そもそもこのわずかな日程では事前の学習もままならず、子どもたちは先生に言われるままに、ただ拍手をして終わってしまうのではないかと危惧します。本来教育は子どもたちに教材を提示し、考えさせ、論議などを経て行動に移す。そうした過程をへるべきものであると考えます。何も考えを深めることもせず、社会状況をしっかり確かめることもせず、決められたことだからみんなでやりましょうという進め方はあまりにも安易な方法と言わざるを得ません。感謝という行為は本来人からやれと言われてするものではないと考えます。このままでは指示待ち人間を大量に育ててしまうことになりはしないでしょうか。そもそもこうした提起を子どもたちの側からできるような児童・生徒を育てるのが大切であると考えます。唐突な指示によって学校や子どもたちに混乱を招くようなことは是非とも避けていただきたいと要望します。
 一部の学校にはテレビカメラによる取材も入ると聞いています。さいたま市はこんなこともやっているのだとことさらアピールするようなパフォーマンス優先の考え方があるとしたら、それは本末転倒で論外のことと言わざるを得ません。もっと子どもたちに寄り添い、学校の先生方の意向を把握し、ゆとりをもって物事を進めるよう要望します。
コロナ禍のしわ寄せが子どもたち・保護者・学校教育に覆い被さり、それぞれに大変多くの課題を背負っています。子どもたちの心のケアー、家庭の貧困格差が反映する学習上の格差克服、カリキュラムの遅れ、新型コロナウィルス感染予防のための措置、第2波・3波への備え、1学期の成績評価、学習コンテンツ作りとその評価、行事の精選……、数え上げれば切りがありません。このような困難の中、これ以上子どもたちや先生方の負担を増やすことのないよう要望いたします。そもそも「新しい生活様式」の学校生活を送るためには、30人以下学級をめざす施策の導入などの政策転換が望まれます。
 あらためて、子どもたち、教職員、保護者に寄り添った教育施策を行うよう要望いたします。
以上
与野親子映画50周年と記念誌発行にあたって
与野親と子のよい映画をみる会代表  佐藤 龍雄
与野親と子のよい映画をみる会はお陰様で今年、50周年を迎えることが出来ました。
これも関係する皆様に支えられての今日であることを痛感し、心から感謝を申し上げます。記念誌の発行に当たり、この会の誕生と発展に関わったお二人に触れさせていただきます。東沢一郎さんと芝原三郎さんです。

1966年8月に大宮商工会館で「せむしの仔馬」が上映されたのが「埼玉県・親子映画」の始まりでした。同年春日部で上映された「黒姫物語」を息子と観た東沢一郎さんに共同映画の山崎さん、家所さんの働きかけがありました。
与野市教組の教文部長であった東沢一郎さんは1967年、与野市教組に「親子映画」の会の方針・運営・組織などの基本案を提起、行政側からの深見学校教育課長にもそれを示し、両者の協議によって、市教委と市教組の両組織が後援することに合意しました。さらに、上映会場の与野市体育館使用にあたって減免措置も実現しました。
1968年「黒姫物語」の上映を決め、教育委員、学校長を含めた試写会の後、「後援」決定、与野の「親子映画」の始まりになりました。東沢さんは当時与野市子どもを守る連絡会事務局長でもあり、親子映画の全県の運動の発展をめざして結成された埼玉親子映画推進連絡会(1970.2.21)の呼びかけ人でもありました。
親子映画の会場は、与野にホールなどの大きな「入れ物」がないために市の体育館を使用、シートを敷き、1000脚もの椅子を並べるのが毎回の仕事になりました。1970年に組織された市教組青年部がそれを担いました。また、1971年からは「与野親と子のよい映画をみる会実行委員会」形式で運営するようになりました。

「よい映画をみる会実行委員会」は各職場から実行委員を1名だし、事務局員2名(1名は会計担当)をおきました。事務局を担当したのが芝原三郎さんでした。
芝原さんは、上映作品候補の選定、試写会の会場・日程の決定、教育委員会への後援申請、実行委員会の運営などをどんどんこなしました。また親子映画通信の発行、地域上映会の映写機の操作をすることや体育館建物の入り口に3階からつるす縦幕、舞台の上の横断幕をご自身で制作するなど精力的な活動をすすめました。
退職後も福祉作業所の所長をする傍ら、続けて事務局を引き受けて下さいましたが、病魔に襲われ、入院。お見舞いに行くと病床で「親子映画はどうなるのかな」を繰り返され、心配していました。「心配しないで下さい。ちゃんとやりますから…」と答え、「この火は絶やしてなるまいぞ」と決意したことを今改めて思い出しています。

東沢さんが立ち上げ、それを引き継いだ芝原さんや市民の方々、その火を消してはならないと与野の先生方、その先生方がいなくなった後を引きついでいただいている民主教育をすすめる与野・市民会議のみなさん。大勢の方々でがんばって50年が経ちました。この節目にあたり記念誌を発行し、活動を記録します。

 

[未分類]

 



[未分類]

 



[未分類]

 



プロフィール

民主教育をすすめる与野・市民会議

Author:民主教育をすすめる与野・市民会議
この会は、子どもの人権を大切にしその可能性をのばすために、 父母・教職員・市民の共同の力で子どもたちの未来をきりひらく
教育・文化を発展させることをめざします。

最新コメント
最新トラックバック
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

CALENDaR 12345678910111213141516171819202122232425262728293031